私が3人目を妊娠した時は、家庭の中で悩みがたくさんありすきて、正直、産むべきなのだろうか…。いや絶対に産みたい。と毎日自問自答を繰り返していました。

私の年齢も39歳と出産できるラインにはいましたが、長男は高校2年生、次男は中学2年生と、二人ともが多感な時期にあり、主人は仕事で出張が多かったので、パートの仕事をしながら一人で家の事をする事が結構大変な時期でもありました。でも、家族がそれぞれ好き勝手にしていた時だったので、この子を出産したら、家族の絆といいますか、バラバラだった物がくっ付く様な気がしていました。
年の離れた兄弟
好き勝手と言っても、仕事や学校等で仕方が無いのは分かっていましたが、男ばかりの家族の中で、話しをしない日の方が多く、母親として妻として少し寂しい思いはありました。私は最後の唯一の望みである赤ちゃんを産む決意をしました。

反対をされるのを覚悟で、まずは主人に話しをしたのですが、「次こそは女の子が良いなぁ~。」と、喜んでいました。息子二人に話をすると、嫌な顔もせず、喜んでいました。私は、家族が喜んでくれた事に嬉しくなりました。

けれど、義父母には、「必要の無い子を産むな。」とか「年が離れた兄弟なんて恥ずかしい。」とか、散々、酷く言われてしまいました。
報告をしたのも、妊娠6ヶ月を過ぎてからだったのもあって、「産むしか出来ないくらいまで黙っているなんて。ズル賢い女だ。」と、結婚してから20年経ってても、決して嫁とは認めようとはせず、息子達にさえ孫なのに誕生日プレゼントすらくれた事ない人達なので、聞き流してはいましたが、やはり、そこまで言われてしまうと、精神的にも厳しく、主人とも言い合いをしてしまう様になり、半ば少し鬱気味になりかけてしまいました。

義父母とは幸い一緒に住んではいなかったので良かったのですが、私は、2度と会いたくないと思っていました。それからは、出産まで主人や息子達がお腹の大きな私の為に、家事や食事等を手伝ってくれる様になりました。

8ヶ月検診の時、先生に「いやぁ、ほらここにおちんちん付いてるね。」と、エコーで見せられ、しかもプリントアウトまでしてくれて、私も、「また、おちんちん付いてるのかぁ~。」と思わず言ってしまいました。それまでは、家族全員が女の子だと思っていたので、期待を裏切られた思いはありましたが、元気に育っていたので、どちらでも良いかなぁ~。なんて、思いました。

出産した時は、小さい息子を大きい息子達が交代で恐々とぎこちなく抱っこをしている姿が今でも思い出すと笑えてきちゃいます。
小さな息子のおかけで、家族が一致団結し幸せな気持ちになりました。また、頑張る張り合いが生まれた事に感謝です。

(出産時40歳ひなママ)