今年の4月、私は第二子となる長女を出産しました。この子の妊娠生活がとんでもなく大変なものになってしまったのでした。

最初にトラブルが起こったのが妊娠が発覚して初めて産婦人科を訪れたまだ妊娠6週目のこと。妊娠は確実でしたがまだ心音は確認できない超初期でした。望んだ妊娠に喜んでいた私に対し先生から、子宮内に気になる膨らみがあることを指摘されました。そして心音が確認できた妊娠8週目にその正体がわかります。卵巣嚢腫でした。

妊娠性卵巣嚢腫であれば16週までには自然に消えるが妊娠前からあるものだと自然には消えないため産後に手術が必要と説明されました。そして更に、卵巣嚢腫は急に捻転を起こすことがあり、そうなると緊急搬送するしかなくなると怖いことを言われました。しかし不運なことに私の住んでいる市内には卵巣嚢腫の捻転患者を受け入れる病院はなく、そうなった場合は車で1時間の距離にある病院に入院することになると言われたのです。

私はとても悩みました。捻転するかしないかわからないがもししてしまったら、まだ2才の長男の世話は誰がすればいいのだろうか。そんなに離れた病院に入院したら夫は見舞いに来れないのではないかと。そして考えた末にまだ8週目だったにも関わらず実家へ里帰りすることにしたのでした。

元々里帰り出産を希望していましたがまさかこんなに早く帰ることになるとは思っておらず、夫とほぼ1年間離れて暮らすことになりました。可哀想だったのは長男です。急にパパと会えなくなってしまい本当に申し訳なくなりました。

こうして実家にお世話になることになったのですが、母親と衝突することが度々ありました。最初の数週間は両親も張り切って私と息子の世話をしてくれましたがだんだんと疲れが出てきたようでした。遊びたい盛りでかなり体力のある息子は朝から晩まで暴れており毎日必ず外出しなければならない暴れん坊、そんな息子に付き合うのは60才を越えた両親には堪えるようでした。しかし私はかなりひどいつわりで外出出来ず、お互いにイライラが募っていきました。
母との喧嘩
ある日母のイライラが爆発し、実家だからと寝てばかりの私にもっと息子の世話をしろと言ってきました。私はしたくても体がきつくて出来ないと訴えましたがもうお互いに気が立っていて言い合いになってしまったのです。私はおもわず、お腹の子をおろして息子を連れて自宅へ帰ると言ってしまいました。本心ではありませんでしたが口にしてしまったこの言葉を未だに後悔しています。

結局母との衝突は私のつわりが収まるまで何度も起こりました。そしてつわりが収まってからは毎日私が息子を外出させることで解決したのです。心配された卵巣嚢腫もどうやら妊娠性だったらしく捻転も起こらずに済みました。今6ヶ月の娘を抱き、あの時言った言葉を思うと恐ろしくてゾッとします。

妊娠出産は何が起こるかわかりません。不安や寂しさ、悲しい思いもするかもしれません。けれど何が起こっても生んでしまえばそんなことはどうでもいいことで、一番大切なのは今ある小さな命を守り抜くことです。そして頼れる人がいる場合は頼っていいのです。衝突するかもしれませんがそれも一時のことです。私は迷惑をかけたけどそれでも里帰りしてよかったと思っています。